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品川

Travel

UpdateFebruary 28, 2018
ReleaseFebruary 28, 2018

あちこちで再開発が進んでいる東京。
そのなかで、品川も再開発され、大変貌をとげた街だ。

品川大変貌
2003年秋に東海道新幹線の駅が開業し、便利な東京の玄関口となった。羽田空港へは京浜急行線を使って20分たらずでアクセスできる。2004年3月からは、成田空港へ接続する成田エクスプレスの横浜方面発着の列車すべてが品川駅に停車するようになり、ますます便利になる。
2004年3月には、駅ビルアトレ品川がオープン。NYをコンセプトとしたこのビルは、駅ビルの概念を打ち崩す。NYの雰囲気を味わいに遊びに来るのもよし。新幹線の時間待ちに使うのもよし。アクセスがいいので、待ち合わせにも便利。
駅前には大規模ホテルが林立。もともと交通の要所ではあったが、観光・ビジネスの拠点として、さらに発展し続けている。

交通の要所
品川は、昔から交通の要所だった。そもそも品川という街の発展は、江戸時代に整備された東海道によってもたらされたものだ。東海道53次の第一の宿場、品川宿は、京浜急行北品川駅から青物横丁付近に位置していた。江戸時代の後期には7000人近い人々が旅籠などで生計をたてていたそうだ。江戸に出入りする旅人はもちろん、市中から訪れる人も多く、吉原と並ぶ花町としてにぎわっていた。
明治時代になると、鉄道の開設により街道の宿場としての役割を失い、臨海の工業地帯として発展するようになった。
品川浦には漁師町の面影が残る。現在は釣り船や屋形船の発着所としてにぎわっている。このあたりは元漁師をしていた人が天ぷら屋さんになったという店が何軒かあり、江戸前のネタにこだわったおいしい天ぷらを食べることができる。

高輪口
駅前には、品川プリンスホテルや高輪プリンス、新高輪プリンス、ホテルパシフィック東京、高輪京急ホテル、高輪東武ホテルなどの高級ホテルが立ち並び、東京観光の基点となっている。また、レストランや、映画館、レジャー施設などを利用することもできる。
山側、高輪は、東京湾を見下ろせる景勝地として、江戸時代には多くの大名の屋敷が置かれた。1800年代中ごろからはこの付近の寺が外国の公館として利用されました。明治になっても東宮御所や高松宮邸、財閥の邸宅が並ぶ住宅地として発展した。歴史的な名残は今もある。
徳川家康の別邸があったことから名づけられた御殿山。桜の名所としても知られた。明治の半ばには、第百銀行のなどの頭取を務めた原六郎が移り住み、現在の御殿山ヒルズと原美術館を含む広大な敷地に屋敷と庭園を構えた。今の御殿山ガーデンはその一部。原美術館も原家の所有。御殿山ヒルズには、ホテル、オフィスビル、高層住宅が集積している。その一角の6800㎡の本格的な庭園が御殿山ガーデン。園内には桜やもみじなどの樹木が生い茂り、四季折々の景観を見せる。
原美術館は、多彩な現代アートを集めた専門美術館。国内外の現代美術作品を収蔵し、多様な企画展を開催している。建物は1938年建築、旧原邸を改装したもの。ミュージアムショップ、カフェも併設されている。

泉岳寺
品川から京浜急行線で一駅乗ると泉岳寺。泉岳寺には忠臣蔵のモデルとなった赤穂義士が眠る。義士館では、赤穂義士ゆかりの品々が展示されている。
泉岳寺は1612年徳川家康が桜田門の近くに開いた寺。寛永の大火で消失し現在の場所に移転された。その再建にあたって、播州赤穂藩主・浅野家が大いに尽力したことから、以後、当寺は浅野家の菩提寺となった。境内には、上野介の首を洗ったという首洗いの井戸などがある。
今から300年ほど前の1701年3月14日。吉良上野介に侮辱を受けた浅野内匠頭は、江戸城松の廊下で上野介に斬りかかった。この事件により浅野内匠頭は切腹、上野介はいっさいおとがめなしとなった。浅野内匠頭の切腹により、彼が治めた赤穂藩は、お家取り潰しの危機に陥り、主人と城を失った侍たちは浪人となってしまう。浪士たちは仇討ちを心に決め、1年9ヶ月にわたって計画を推し進め、ついに1702年12月14日、雪の降りしきるなか、47人の浪士たちは本所松坂町にある吉良邸に討ち入った。見事、上野介を討ち取った一行は泉岳寺までを歩き、主君の墓前に仇討ちの成功を報告。翌年、彼らは切腹。これがいわゆる忠臣蔵のストーリーだ。
泉岳寺では、毎年12月14日に義士祭りが開催される。りりしい討ち入り装束の義士たちが練り歩く歴史絵巻が圧巻だ。

港南口
一方、港南口は急激な変貌をとげた。海が埋め立てられた後、工業地域として発達してきた。戦後は民間の工場や事務所ができ、バブル崩壊後は工場が閉鎖され、跡地にはどんどん高層マンションが建設されている。
今やおしゃれなビジネス・ショッピング・居住エリアとして再開発された。品川インターシティを皮切りに、ザ・ストリングスホテル東京やオフィスビルなど大型施設が続々と誕生。
品川インターシティはオフィス、ショップ&レストラン、ホール、ギャラリー、貸会議室といった幅広い施設のあるビルで、最先端の設備システムやネットワーク基盤設備が整っている。
2004年3月に開業したアトレ品川では、東京にいながらにしてNY気分を味わえる。夕方6時からは照明も暗くなり、ムードは抜群だ。
2004年1月にオープンした家具付の高級賃貸マンション、ビュロー品川では最上階24Fにピアノバーや、フィットネスクラブ、スパ(入浴)施設があり、入居者は東京の夜景を見下ろしながらリッチな気分を味わうことができる。

天王洲
品川から足を伸ばせば、天王洲アイル。浜松町からモノレールも出ているが、品川駅からタクシーに乗るか、歩いても15分くらい。
天王洲は、品川浦の海中に土砂が堆積してできた洲。江戸時代には第四お台場として、近年は流通倉庫の集積する地区として重要な機能を果たしてきた。
天王洲アイル駅の両サイドに広がるシーフォートスクエアとスフィアタワー天王洲、第一ホテル東京シーフォートなどの高層ビルに、レストランやショップ、文化施設などが集まる。運河沿いには板張りの遊歩道、ボードウォークもあり、夜はベイエリアの美しい夜景も楽しめる。

(att.JAPAN Issue 16, 2004年5月10日号)