川越

蔵と昔の町並み

川越駅から少し歩けば、町並みはまるで博物館にいるかのように変貌をとげる。古い蔵、駄菓子屋、さつまいものアイスクリーム、さらにはやはりさつまいもで作られた小江戸ビール。毎年10月13日は「いもの日まつり」が行われる。

写真提供:(一社)埼玉県物産観光協会
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歴史

埼玉県の中心に位置し、かつての江戸の面影を残す。川に囲まれ住むのに適した場所であったため、古来より人が住んでいた。やがて戦国の武将たちが領土争いをするようになり、12世紀頃までにはその中でも勢力の強かった河越家が支配するようになった。

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源氏が鎌倉幕府を築いた頃、初代将軍頼朝(1147-1199)は川越に注意を向け、支配をもくろんだ。当時川越を治めていたのは河越重頼。彼の娘は頼朝の弟、義経の正室となっていた。頼朝は人気のある義経を疎んじ、追放し、1185年には重頼の土地を支配に治め、重頼をも謀殺してしまう。

1336年、足利尊氏(1305-1358)により室町幕府が樹立された。尊氏は東国を統括する機関として鎌倉府を設置。長官である鎌倉公方は足利氏が世襲し、関東管領である上杉氏が補佐するとしたが、鎌倉公方は幕府、上杉氏とも対立していった。1457年、上杉氏は関東を支配するとして大田道灌(上杉家家老、1432-1486)に3城の築城を命じた。時は戦国時代、戦国大名たちは領土争いに明け暮れていた。関東地域では、小田原の北条氏と上杉氏が争い、上杉氏は敗れ、北条氏が川越を支配することとなる。

天下統一をはたした豊臣秀吉(1537-1598)は1590年、関東を攻略し川越城も落とした。彼は、家臣でのちに1603年徳川幕府を樹立する徳川家康(1543-1616)を関東地域に封じた。家康は川越が戦略上重要な場所であると考え、家臣を川越に置いた。ほどなく川越は江戸へ物資を供給する軍事上の要所となった。徳川幕府は川越から戦国大名を遠ざけ、親藩や譜代大名を置いた。

藩主松平信綱(1596-1662)の時代には大いに領地を広げた。交通路を整備し、水路を整備し、農地を増やし、さらには、江戸の神田まつりや山王まつりの様式を取り入れた川越まつりをも発足させた。川越は城下町として発展し、江戸の北の守りの要所とされ、小江戸と称された。

約250年後の1853年、アメリカよりペリー総督が来航し、鎖国が終わった。当時川越藩は沿岸警備の任にあった。

1868年の明治維新後、川越は地域の中心商業都市として発展し、県内で最初の国立銀行である第85銀行も設立された。1893年3月、大火により川越の1/3の建物が焼失。その後、耐火建築の蔵が建てられ、今も30数棟が残る。現在の川越は人口34万

 

見どころ

-川越城跡

川越城は太田道真・道灌父子が築いた3城のひとつ。本丸御殿のみが残り、跡地には博物館がある。

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-喜多院(川越大師)

830年頃に、慈覚大師円仁により創建され、彼はここを無量寿寺と名づけた。1205年の兵火で炎上し、尊海僧正が再建。1301年、後伏見天皇が東国580ヶ寺の本山たる勅書を下した。無量寿寺には北院、中院、南院があった。1599年、徳川家康のブレーンでもあった天海僧正(1536-1643)が北院の法灯を継いだ。金銭的な援助はさておき、彼は寺号を陰鬱な印象の北院から、多くに喜びを与える喜多院に変えた。幕府と喜多院には多くのゆかりがある。

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-五百羅漢

全部で538体の羅漢像がある。これらの羅漢様は、仏陀の弟子たちの像。これらは1782年から1825年の約50年間で建立された。さまざまな表情をした羅漢様。深夜こっそりと羅漢様の頭をなでると、ひとつだけ温かいものがあり、それを翌朝確かめてみると、亡くなった親の顔に似ているという言い伝えも残っている。

-川越まつり

川越まつり会館では、祭の戦いの様子がよくわかる(300円)。29の山車が展示される。それぞれの山車は歴史やお囃子も違う。山車は町を練り歩き、別の山車に出会うと、相手に自分たちの囃子を披露する。相手の囃子の勢いが緩めば勝ち。沿道から拍手喝采を受ける。山車の上には等身大(か、やや大きな)人形が乗せられているが、城の門をくぐれるよう、山車の中にしまうことが出来る仕掛けが施されている。祭は年に一度、10月の第三土曜日と翌日の日曜日に行われる。必見。

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-菓子屋横丁

20軒余りの菓子屋が、石畳の道にひしめく。店の中にも外にも所狭しと並べられた、色鮮やかなお菓子の数々。日本人にも懐かしい駄菓子が数多く揃い、選ぶだけでもワクワクしてくる。キャンディ・おせんべい・だんご・アイスクリーム…食べ歩きながら、ほっとひといき。

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朝日が霧を晴らす毎朝、町の中心で、大きな鐘が鳴る。最初の鐘は17世紀に作られ、今の鐘は1893年の川越大火の後に再建。350年の長きにわたり、日に4度、町に時を告げる。まさに川越は文化、歴史を守りついできた町だ。

 

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このページの情報は 2018年2月の情報です。
ライター
att.JAPAN編集部
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