広島・宮島 (ATT.JAPAN ISSUE 18)

プロローグ
世界の人々に、最もよく知られている日本の都市はどこだろうか。東京は別格として、広島は知名度の高い都市のひとつだ。日本人の中には意外に思う人もいるかもしれないが、世界の中での広島の知名度は想像以上に高い。世界中から人を集める何かが広島にはあるのだ。
いうまでもなく、広島は、長崎とともに、原爆の惨禍にあった世界で稀有な都市である。市内中心部にある原爆ドームおよび原爆記念公園は、いわゆる「負の遺産」として世界遺産に登録されている。
しかし、広島が世界中から人々をひきつけるのは、それだけではない。広島にはさらに、厳島神社および宮島というもうひとつの世界遺産がある。この2つの世界遺産を見るだけでも、広島に旅をする価値は十分ある。
広島は、西日本の中心都市で、古くから陸海の交通の要所であり、神社・寺、城址などの名所旧跡や歴史的建造物も多い。古くは、古墳、平安時代の平家の活躍、そして毛利家。広島を舞台に展開された歴史は数多い。近代においては、海軍の拠点となり、西日本の重工業の拠点となってきた。
一方、山が迫り、川が流れ、緑豊かな土地としての魅力もある。瀬戸内の海と島々も心をひきつけるだろう。
主要な交通アクセスは、新幹線か飛行機。韓国(ソウル)、中国(大連、北京、上海)とは以前より定期便が飛んでおり、台湾(台北)とも2004年6月より定期就航することとなった。

広島・宮島 (ATT.JAPAN ISSUE 18)

宮島
新幹線で広島駅に着いたら、荷物をどこかに預けて宮島へ向かおう。JRか広電で宮島口へ。宮島口からフェリーに乗り、宮島へ。
フェリー乗り場から歩くこと10分。海に浮かぶ、赤い大鳥居が見えてくる。高さ16m、柱の根回り10m、楠の自然木で作られている。満潮時なら、大鳥居の足元はすっぽり波に囲まれ、見ることはできない。まさに鳥居が、海面に浮いているようだ。干潮時なら、歩いて鳥居の下まで行くことができる。どちらもお奨めではあるが、やはり初めて見るなら、満潮時をぜひ見たい。潮位の時間を確認して訪れるのがいい。

厳島神社
入口で拝観料を払い、厳島神社の中に入る。海に浮かぶ本社本殿とともに、長い回廊も厳島神社の特徴のひとつだ。赤い柱の立ち並ぶ木の廊下が、何度も折れ曲がり、海の上に続くかのようにどこまでも続く回廊。いつまでも眺めていたい景色だ。
本殿に到着。拝殿する。
本殿の前には舞台があり、舞楽の舞台が催される。海に突き出した舞台は、雄大な自然と一体になり、悠久の時を感じさせる。
潮位は、1年の中では秋が一番高いそうだ。秋には、お茶の会が催されるが、潮位が思った以上に高く、お茶の先生が舞台から降りられなかったことがあるそうだ。潮位が床より高くなることもあるため、床は、木と木の間に隙間があいている。水はけをよくするためだ。
夏には管弦祭や花火が行われるので、季節を合わせて訪れるのも一興だろう。また、冬の宮島もお奨め。雪が積もった対岸をバックに見る大鳥居の景色は、多くの写真愛好家を魅了している。
厳島神社は、12世紀に時の権力者、平清盛の造営によって、現在みられる壮麗な社殿群の基本が形成された。この神社は、平安時代の寝殿造りの様式を取り入れた、優れた建築景観をなしている。海上に位置し、背景の山容と一体となった景観は他に比類がない。これが厳島神社世界遺産に認定された一つの理由だ。
厳島神社は、人の手で作られたものではあるが、すでに人の手をはなれ、宮島の自然と一体化し、その一部となっている。今回訪問時には、台風で被害を受けた本殿の屋根の修理をしていたが、常にどこかを修理しているそうだ。800年以上の歴史を考えれば、厳しい自然にさらされる中、その存在自体が、奇跡ではないだろうか。

宮島散策
宮島ではどこを歩いていても鹿に出会う。鹿は、神の使いだそうだ。そもそも宮島は、島自体が、信仰の対象とされていた。そのため、古くから開けた瀬戸内海で、宮島の自然はよく保たれている。
厳島神社から山へ向かって少し登っていくと、ほどなく大聖院という寺に着く。弥山信仰の中心であるこの寺は、緑濃い山の中に立っている。
弥山は標高530mで宮島の主峰。古くから御神体山として信仰されてきた。林業が行われなかったために原始林が手つかずで残っている。頂上からは瀬戸内海の大パノラマが一望のもとにできる。
紅葉谷公園は、弥山原始林の麓にある。紅葉もすばらしいが、新緑の季節も別の魅力がある。弥山山頂までのハイキングコースが楽しめる。

宮島の主な祭
古くから神の宿る島として崇拝されてきた宮島には、伝統ある神事が受け継がれている。
舞楽は、平清盛によって伝えられた、伝統芸能。
神能は、海に張り出した能舞台で行われる。
管弦祭は、美しく飾り立てた管弦船が雅楽を奏でながら、海一面に華麗なショーを繰り広げる厳島神社最大の神事。平清盛が、当時都で盛んに行われた「管弦の遊び」を宮島に移したのが起こり。
毎年8月に、厳島神社前の海上で行われる水中花火大会は西日本一の規模を誇る。

広島市内
市内を6本の川が流れ、水の都と呼ばれる広島。その歴史は、1591年、毛利輝元が太田川の三角州に城を築き、この地を広島と名づけたことに始まる。以来、城下町として繁栄、発展を続けたが、1945年8月6日、世界初の被爆地となり、町は一瞬にして廃墟となった。戦後は、めざましい復興をとげ、現在では国際平和文化都市として、多彩な魅力を持つ観光地となっている。

原爆ドーム
世界文化遺産に登録されている、原爆ドームへ向かう。市内中心地に残る、原爆の跡。それが原爆ドームだ。中心部を走る路面電車に乗っていれば、自然と目に入ってくる。
原爆は1945年8月6日午前8時15分、原爆ドームの南東150m地点、580mの上空で爆発し、広島市は一瞬にして焦土と化した。当時広島は、70年間不毛の地とも言われた。相生橋の南側にたっていた広島県産業奨励館(原爆ドーム)は、原爆によって半壊し、館内にいた約30人は死亡した。崩れかけた外壁とむきだしになった鉄骨が今も無残な姿をさらしている。原爆の惨禍を伝えるとともに、平和のイメージの原点として、世界中のあらゆる人種の人々が訪れる。

平和記念公園
平和記念資料館には、原爆に関するさまざまな資料が保存されている。爆発点の温度は、100万℃以上、放射線や熱線、爆風で1945年の12月までに約14万人が死亡したとされる。熱線によって人の跡が影のように残った人影の石。ケロイドの標本。広島に投下された原爆、リトルボーイの模型も展示されている。
あまりのむごたらしさに言葉を失い、悲しい気持ちに包まれる。
外に出て、平和記念公園を散歩しよう。公園は明るく、広々としており、そんな悲惨な歴史があったとは信じられないような伸びやかな空間だ。原爆慰霊碑の前には花が飾られ人々が手を合わせている。日本人だけではなく、世界各国からの人たちが、あちこちでガイドの説明に真摯に耳を傾けている風景が見られる。いつしか私も、敬虔な気持ちになってきた。そんな空間だ。
公園内には平和を祈る数々のモニュメントがあり、毎年8月6日には平和記念式典が催される。

路面電車
広島散策のひとつの楽しみは路面電車だ。
かつて京都、大阪、神戸など、各都市で活躍していた車両が現役当時の姿で運行されている。ドイツ製の超低床車両、愛称”GREEN MOVER(グリーンムーバー)”や、海外で使われていた電車も走っていて、電車博物館のようだ。主要な観光スポットに行くにも便利だし、車窓から街の風景を眺められるのもうれしい。

広島城
姫路城、大阪城とならぶ名城。戦国時代の武将、毛利輝元が1589年より築城。大阪、京都、朝鮮へつながる海の交通を利用するには山城では不便なため、この場所に築城した。
原爆投下によりすべて倒壊したが、1958年に現在の天守閣が再建された。内部は資料館になっている。周辺は城址公園になっていて、サクラや紅葉の季節は美しい。

グルメ
広島に来たからにはお好み焼きを食べなければ。大阪と双璧を誇るお好み焼きの本場。
広島風お好み焼きの特徴は、野菜を生地に混ぜてしまわないこと。薄くクレープのように鉄板にのばした生地に、キャベツやもやしを盛ります。そばを入れるのも特徴。広島市内には2000軒以上と、数え切れないくらい店があるので、食べ比べれば各店の味の違いが楽しめる。
かきも名物。10~3月がシーズンだが、独特の養殖法で1年中賞味できる店もある。
宮島を中心とした瀬戸内海沿海でとれるあなごも美味しい。宮島方面でとれるアナゴは、うまみと柔らかさでは最上といわれ、 刺身、天ぷら、茶腕蒸しなどで年中食べられる。明治時代から駅弁として好評を博した、おいしいタレと組み合わせたあなご飯は試してみる価値ありだ。

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ライター
att.JAPAN編集部
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