
なぜ人は熊野を目指すのか。一昨年の夏、その問いに明確な答えは出ないまま、それでも「また来るだろう」と思いながら、この地を離れた。そして数カ月後、私は再び新宮を訪れた。今度の目的は、熊野の中でもとりわけ特異な祭り、御燈祭りだった。
紀伊半島南部の新宮は、古くから熊野信仰の中心地として知られる町だ。毎年2月6日、神倉神社で行われる御燈祭りでは、白装束の男たちが松明を手に、538段の石段を一気に駆け下りる。

昨年夏に新宮を訪れて以来、地元の人たちから幾度となく「御燈祭りを見に来て」と勧められてきた。皆が少し前のめりで語るその様子に、ただならぬ熱を感じていた。
一度体験すると、はまってしまうと言われる御燈祭り。子どもの頃から登っているという新宮市在住の男性は、参加歴50年以上だという。ほぼ毎年欠かさず登ってきた。また、進学や仕事で新宮を離れても、この日だけは戻ってくる人も少なくない。そして新たに参加し、その熱に魅せられてしまう人もいる。一昨年、東京から初めて参加したという男性は、「異次元というか、原始的で、生まれ変わるような感覚でした。祭りの後、1週間ほど放心状態でした」と語り、迷うことなく昨年も再びこの地に戻ってきた。
祭り当日、昼前に新宮に着くと、町はまだ静かだった。
だが午後になるにつれ、白装束の男たちが町を歩き、古社を巡り、松明をぶつけ合いながら「たのむで」と声を掛け合う。夕暮れが近づくころには、町全体が目に見えない緊張に包まれていた。



御燈祭りは女人禁制である。神倉山への入口となる太鼓橋から先は、白装束の男しか入れない。女性である私は、麓で待つしかなかった。入れない場所がある。その感覚だけが、静かに残った。


夜、山の上で御神火が起こされ、やがて門が開く。

火の光だけを頼りに、男たちが闇の中を駆け下りてくる。炎の列が通り過ぎると、また漆黒の闇が戻る。私ができる祭りの説明としては、ただそれだけだ。縁日や屋台はなく、観覧席も用意されていない。観光化されていないからこそ、祭りの原形がそのまま残っているのかもしれない。

登っていない私は、想像するしかない。暗闇の中で長く待ち続けた末、松明に火が入り、空が赤く染まり、周囲が火の海になる瞬間。火の明かりだけを頼りに、闇の中を降りていく体験は、極限の環境がもたらす覚醒なのだろうか。日常では触れられない、原始的な感覚。それが人をまたここへ引き戻す理由なのかもしれない。
祭りの翌日、町は何事もなかったような日常に戻っていた。人々は「また来年」と言い残し、それぞれの生活へ帰っていく。昨日、白装束の男たちであふれていた熊野速玉大社はひっそりとしている。昨日は寒かったね、だから登る人が少なかったみたい、と出店のおばさんがタクシー運転手と眠たそうに話していた。

強烈なハレのあとに訪れる、静かなケの時間。その繰り返しを、この地は1400年にわたって積み重ねてきたのだろうか。
祭りから数週間が過ぎても、あの夜の感覚は消えなかった。火の力だったのか、闇の深さだったのか。何に惹かれたのか、まだわからない。ただひとつ確かなのは、またこの町に戻ってきたいと思っていることだ。翌朝、熊野川を眺めながら、その気持ちを確かめていた。
理解しきれないまま、惹かれてしまう場所。熊野の謎は、尽きることがない。

※今年も2月に再び新宮を訪れる予定だ。もう一度この祭りに立ち会ったとき、何が変わり、何が変わらないのか。それは、また別の機会に書きたい。
御燈祭り
開催場所:和歌山県新宮市
開催日:毎年2月6日